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ハイキングを楽しむ

みんなで行こう!お散歩気分でハイキング

山頂駐車場からは登山道が整備されており、日本百名山「伊吹山」の山頂までのハイキングを気軽に楽しんでいただけます。
駐車場と山頂は3本の登山道でつながっています。初夏から夏にかけての高山植物の最盛期では、競い合うように花が咲き乱れ、まるでお花畑の中を歩いているよう。足を止めて心ゆくまで可憐な花々や眺望を楽しんでください。
西登山道と中央登山道はジーパンにスニーカー程度の装備であれば歩けますが、東登山道を利用される場合は足元が悪い箇所もあるため軽装は避けていただく方が良いでしょう。
距離は短くても1000mを超える高山なので、体力・体調・装備に合わせてルートをお選びください。

各登山道の紹介

西登山道:山頂まで片道1km・約40分
(上り下り可)

山頂駐車場の突き当たり、西側の入口から山頂を目指す約1キロのコース。道幅もあり、傾斜も緩やかで比較的歩きやすく、入り口付近からお花を見ながらゆったりと散策を楽しめます。コース途中では琵琶湖を一望でき、湖中に浮かぶ竹生島、沖島、琵琶湖対岸の比良山地も見えます。足元は砂利(拳大~頭大)の敷かれている所が多いため足を取られないようお気をつけください。

中央登山道:山頂まで片道500m・約20分
(上り下り可)

山頂駐車場のほぼ中央の石段右手(左は東登山道の出口)に出入り口があります。距離は3本ある登山道の中では最も短く片道約20分です。西登山道に比べると急斜面で、コースのほとんどが階段状になっています。
傾斜がきつく頂上付近では石灰岩の露出している場所も多く、注意が必要です。西登山道ほどではありませんが、お花を楽しむこともできます。

東登山道:山頂から片道1.5km・約60分
※下り専用

伊吹山の自然のままの状態が残る「東登山道」。コースの途中では岩の露出しているところも多く、道幅が細いところが何箇所もあります。土のところは雨が降るとぬかるみ、すべり易く、石灰岩がごろごろ露出しているのでハイヒールやサンダルなどでは大変危険です。山頂の入口付近から奥に進むにつれて道が険しくなりますが、このコースならではの自然あふれる景色が楽しめる、伊吹山通好みのコースです。

※東登山道は山頂から駐車場へ下るための「一方通行」となっていますのでご注意下さい。

伊吹山山頂の風景

伊吹山地は滋賀県と岐阜県の県境に南北に連なっている高さ1,000~1,300m余りの山なみです。伊吹山はその南端に位置し、1,377.4mある滋賀県の最高峰です。
周りには伊吹山より高い山が無いため視界を遮るものも無く、山頂からの眺めはまさに「絶景」の一言。
山頂には5軒の山小屋があり、食事やお土産物を楽しむこともできます。
東には名古屋や岐阜を望む濃尾平野、西には日本一の面積を持つ湖「びわ湖」や比良山系、南には鈴鹿山脈や伊勢湾、北から東にかけては白山・穂高連峰・乗鞍岳・御嶽山など日本百名山の山並みと、まさしく「360度のパノラマ風景」の言葉通りの光景が広がります。心に、カメラに、残さずにはいられない景色です。

伊勢湾・名古屋・養老山方面

御在所岳・霊仙山方面

立山・槍ヶ岳・乗鞍岳・御嶽山方面

琵琶湖・比叡山方面

福井方面

白山方面

広大な山頂で景色を見ながら休憩

7月下旬~8月上旬頃の様子

山頂の山小屋さん(5軒)

伊吹山寺覚心堂(兼避難小屋)

日本武尊(ヤマトタケルノミコト)像

山頂トイレ

山小屋・伊吹山寺連絡先一覧

伊吹山寺の
御朱印の
お問い合わせ
東雲寺 TEL:0749-72-2609
山小屋 松仙館 HPを見る TEL:080-1493-8536
対山館 HPを見る TEL:090-7117-6283
エビスヤ TEL:0749-58-0239
雲上荘 TEL:0749-58-0257
宮崎屋 TEL:0749-58-0172

伊吹山の豆知識

伊吹山頂極値表

最高気温 28.8℃ 昭和22年9月1日
最低気温 -16.5℃ 大正12年2月28日
最大風速 56.7m 昭和36年9月16日
(第2室戸台風)
最大積雪の深さ 11.82m 昭和2年2月14日
初雪最早 昭和11年10月11日 終雪最晩 昭和33年5月13日

伊吹山の誕生

伊吹山の地層が形成されたのは、日本全国がまだ海の底にあった古生代(約2.5億年前)の海底。 古生代末期~中生代初期の大造山運動により、日本の大部分とともに海上に姿を現しました。 その後、衝上断層(=押しかぶせ断層)が起こり、山頂付近は石灰岩で覆われました。

※ご参考・・恐竜で有名なジュラ期は中生代中期の2.1億年前頃です。

ヤマトタケルノミコトにまつわる話

ヤマトタケルノミコトは古事記では「倭建命」、日本書紀では「日本武尊」と表記されています。 今から2千年ほど前、日本武尊は伊吹山の荒神を退治しに伊吹山に登りますが、途中で白い大きな猪と出会います。 日本武尊はこの猪を「伊吹の荒神の使いの者」と思い、「今殺さなくても、帰りに殺してやろう」と言われたが、この猪こそ伊吹の荒神自身だったのです。 荒神は日本武尊の言葉を聞いて大氷雨(雨と霧)を降らせ日本武尊は命からがら下山します。 伊吹山の麓に湧き出る清水のもとで休みようやく正気を取り戻します。 この清水が 居醒 の清水(=玉倉部(関ケ原町玉)の清水)と言われており、現在でも手の切れるような清水が湧き出ています。この清水を辿って鍾乳洞も発見されています。 伊吹山山頂にある日本武尊は、この伝説を記念して建てられたものです。山頂駐車場のスカイテラス伊吹山では、この伊吹山からの湧き水でたてた「伊吹名水コーヒー」を提供しておりますので、一度ご賞味下さい。

大地に書かれた「五芒星(ごぼうせい)」

伊勢神宮・熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)・伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)・元伊勢 外宮豊受大神社(もといせ げぐうとゆけだいじんじゃ)・伊吹山を線で結ぶと、地図上に奇麗な『五芒星』が浮かび上がります。近畿の主要神社を結ぶと『五芒星』が浮かぶ この五芒星は、中心に奈良の「平城京」があり、平城京を守る結界と言われている日本のレイラインと言われています。 さらに、伊吹山の東には「富士山」、西には「出雲大社」があり、この3点は一直線で繋がっています。 伊吹山は底知れぬパワーを感じさせてくれる「霊峰」なのです。

松尾芭蕉「奥の細道」と伊吹山

元禄2年(1689)の秋、俳聖・松尾芭蕉の、「奥の細道」は伊吹山のふもとの街「岐阜県大垣市」で終えますが、その途中、伊吹山の美しさを称えこんな句を残しています。

そのままよ 月もたのまし 伊吹山

意味・・伊吹山は月の力を借りなくても、そのままの姿で十分に美しい

大男「伊吹弥三郎」の伝説

昔伊吹山に住んでいた(と言われている)、山のように大きな体を持つ怪力の大男。 伊吹山とその隣の七尾山を天秤で担いだところ、伊吹山の方が重く少し傾いたため、七尾山の方に自分の弁当を乗せ釣り合わせたという話や、伊吹弥三郎は暴れ者で、体も頑丈だった為、脇の下の急所に矢を射ることでりようやく討ち取ったという話などがあります。
鬼の酒呑童子の父とも言われています。

日本そば発祥の地「伊吹」

伊吹山麓は昼夜の気温差が大きくそばの栽培に適していて「日本そば発祥の地」としても有名です。
日本のそばの栽培は伊吹山で始まり、木曽、甲斐、信濃などに伝わり、やがて北海道にまで伝わったと言われています。
2019年に「伊吹そば」がその名称を知的財産として保護する地理的表示(GI)に登録されました。

まぼろしの伊吹大根

15cmから25cmほどの小型のだいこんで、尻づまり型をしています。茎の部分が少し紫色で、薬味などにも使える独特の辛みがあることが特徴。 収穫のとき、蹴ってだいこんを掘り起こすことができるほど根が浅く入っていることから、地元(旧伊吹町大久保辺り)では、「けっからし大根」とも呼ばれています。 流通量が少なく、一般市場では手に入りにくいですが、肉質がよく型崩れしにくい為、煮物や漬物、また、おろしそばにも最適で地元では重宝されてきました。

上平寺峠

物々交換が盛んに行われていた時代、滋賀県側の上平寺部落からは「米」を、岐阜県側の春日部落からは「炭」を持ち寄って、上平寺峠(ドライブウェイの12km地点)で交換されていました。この風習は明治の末まで続けられていました。

伊吹山の岐阜県側のふもと「関ケ原」

【関ケ原の戦い】 西暦1600年に徳川家康率いる東軍と石田三成率いる西軍が東西を二分するこの地で繰り広げた、戦国最大ともいわれる天下分け目の戦です。
国道から少し脇道に入れば有名な石田三成の陣地跡「笹尾山」があるなど、街全体が合戦の跡地となっています。
歴史探訪での街歩きや健康のためのウォーキングをはじめ、関ケ原町が主催するウォーキング大会や「武将隊」によるパフォーマンスも人気です。

【交通の要所関ケ原】江戸時代の五街道の一つとなった中山道は江戸の日本橋から京都の三条大橋を結ぶ重要な街道で、東海道のように水による交通障害(大井川の河留め、浜名の渡し、桑名の渡しなど)がほとんどない為に女性に好まれたとも言われています。
また、現代においてもJR東海道本線、東海道新幹線、名神高速道路といった、鉄道や道路が関ケ原を通っているため日本の東西を繋ぐ重要な役割を果たしています。

東西文化の分岐点

伊吹山は、言葉や味覚といった日本人の生活文化の分岐点にもなっています。
言葉は伊吹山を堺に東側では西濃弁と言われる岐阜・愛知など東海圏の言葉になり、反対側の西の滋賀県側では、いわゆる関西弁のイントネーションが混じった言葉になってきます。
また、「味覚」については東西の味覚の境界線というものがあり、伊吹山のふもと「関ケ原」と、飛騨山脈・親不知を結ぶ線で東西が分かれます。
「東の濃い口、西の薄口」と言われている通り、特に出汁文化に東西の違いが出ていて、カツオを中心とした濃い口の関東味と昆布を中心とした薄口の関西味は、ここ伊吹山で東西に分かれています。和風カップめんの味や、コンビニのおでんのつゆ、新幹線の名古屋駅のホームにある「きしめん屋」さんの味が上りと下りで違うのも有名な話ですね。
その他、お雑煮のお餅の形(東の焼いた角餅・西の焼かない丸餅)、おにぎりの形(東の三角、西の俵)、うなぎのさばき方(東は背開き、西は腹開き)などにも違いが。
食べ物以外では、エスカレーターでの立ち位置(関東は右空け、関西は左空け)や、一番多い苗字の違い(関東NO1の「鈴木」さんも関西ではベスト10圏外(関西NO1は「田中」さん)畳の大きさ(京間6畳は江戸間6畳に比べ約1畳分ほど大きい)、電気の周波数、マクドナルドをマック(関東)と呼ぶか、マクド(関西)と呼ぶか?など、生活文化に関する東西の違いは多岐にわたります。

校歌の山「伊吹山」

地元の滋賀県、岐阜県はもちろん、愛知県でも350以上の小中学校の校歌で謡われる伊吹山。皆のこころのふるさとです。

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